ネトウヨ化する高齢者。「お父さん預かります」に見る現代シニアの悲劇。
社会主義を望む米国の若者
これは、資本主義の「脳化」の極致の国だからこその、反動なんでしょうね。
最近、「アメリカのZ世代の7割が社会主義を支持している」、なんていうニュースが話題になってましたよね。
あっちの若者はね、学費の暴走とか医療格差っていう「ままならない現実」に直面して、システムそのものに本気で異議を申し立てているわけですよ。
「世代」を言い訳にするロボット国民の日本
じゃあ、ひるがえって我が国、日本はどうかって話です。
そもそも、やたらと「Z世代」だの「ゆとり」だの、未だ「就職氷河期世代」だのと世代で括りたがるのは、日本のメディアの本当に悪い癖ですよね。
養老孟司先生が「世代ではなく地域(環境)だ」って仰っている通りで、人間なんて生まれた年が同じだからってみんな同じになるわけがない。
もしそうなら、人間じゃなくてただのロボットでしょ(笑)。
本質から逃げる”言い訳”
なぜ日本人はこうも世代論が好きなのか。理由は簡単。
みんな「いい訳」がしたいんですよ。
誰かのせいにしたいんですよ。
社会の閉塞感を「今どきの若者は」とか「老害が」っていう対立構造にすり替えれば、本質的な構造問題から目を背けられますからね。
以前、成田某が「高齢者は自害しろ」とか言いましたよね。
また、竹中某とか国会議員の玉木某まで同じようなことを言った。みんなバカタレでしょう。
「親ガチャ」という運命論が世襲議員を当選させる
また、今のクソガキどもが使う「親ガチャ」なんて言葉。
政府やメディア、一部のおかしな人たちが世代論を煽り立てた結果、若者たちは絶望しちゃって、「初期設定で人生が決まる」っていう諦めをゲームの記号で語るようになっちゃった。
だから、「世襲議員は反対」と唱えてるくせに、いつまでも当選させているんですよ。
親ガチャは、消費家畜と化した
切実に社会へ牙を剥く牙さえ去勢されて、「今が楽しければいい」って、スマホがくれる安価なドーパミンを貪るだけの、思考停止した「消費家畜」になり下がったんですね。
シニアのネトウヨ化という病理

高齢者ほどネトウヨ化する法則
だけどね、本当に深刻で、バカげているのは、その若者たちを「バカタレ」って吐き捨てる側の、今の高齢者、シニア層の姿なんですよ。
今、何が起きているか。
定年を迎えたシニアたちが、ネットを通じて急速に「ネトウヨ化」して、ネット上で暴れたり、ネット民として粘着するバカタレ化が止まらない。
シニアの赤ん坊還り
この醜悪な暴走の本質って、実は若者がアイドルや流行に狂奔して一体感を得ようとしているのと、全く同じ構図なんですよ。
自分の頭で考えることを放棄した人間が、ネットの過激な言説に群がって「正義の味方」ごっこに執着している。
これ、私はシニアの「赤ん坊化(赤ちゃん返り)」だと思っています。
赤ん坊って言葉を発するまでは、自分の思いを伝えるために、激しく泣き叫んで自己表現しますよね。
泣けば、親が何かをしてくれる、こっちを向いてくれるって知っているから。
かまってちゃん
ネットで暴れる老人どもも全く同じですね。
定年を迎えて、現実社会で誰からも相手にされなくなった孤独な脳が、ネット上で過激な言葉をまき散らして暴れ回る。
大声で泣き叫べばみなさん方の様な親切な人たちが構ってくれるという、最も原始的な幼児性の生存戦略へ退行しているんですよ。
これほど無様で、滑稽で恥ずかしい姿はないでしょうね。

渡来人に家畜化された末路
「部品」という家畜にされた
なぜこんなことになるのか。
よくテレビやネットで「加齢による『心の理論』の低下」とか「前頭葉の萎縮という脳の罠」なんて言われますよね。
でも、あれって実は、本質から目をそらすための「美談」に過ぎないんだよね。
聖徳太子システム
そもそも日本には、大陸から逃げてきた分際で、この列島の住民を効率よく管理し、家畜化してきた渡来人たちによる「聖徳太子システム」がある。
そこに儒教の都合のいい部品(上下関係のイデオロギー)や、大乗仏教というインチキなガス抜きが組み合わさって、今日までずっと続いてきたわけですよ。
脳の老化がどうのこうのと言う前に、この歴史的な構造こそが最大のベースにあることを既記事を思い出してね。
要するに、日本人はずっと「自分で主体的に考えて生きる野生」を奪われ、上におもねる「家畜」として育てられてきたわけ。

「勤め人」という部品
その最たるものが、現代の「勤め人」という生き方だよね。
彼らは現役時代、自分で世間を冷静に観て、思考し、判断することをすべてサボってきた。
ただ会社のルールというシステムに従って動く、都合のいい「部品」として生きてきたんだ。
だから、定年を迎えてその組織という機械から外された瞬間、野生に放り出されて「何をしていいか分からない」というパニックに陥る。
自分で自分の時間をコントロールすることも、孤独に耐えることもできないから、ままならない現実に直面して、ただただイライラしてキレることになるんだよ。
この様に日本人は、古代に大陸から逃げてきた渡来人たちに支配され家畜化されて以来、その「組織の部品」として生きるOS(儒教的な従順さ)が骨の髄まで染み付いちゃったんですよ。
学校でも会社でも、「疑問を持たずに、言われた通りに動く部品」として最適化されて生きてきたわけでしょう。

生き方がわからないバカタレ日本人
だから、定年になって、その「檻」から放り出された瞬間、彼らは生き方が分からなくなってしまうんです。
「自分に与えられた自由な時間を、何もしないという最高の贅沢に使う」という、人間として一番豊かな能力が、完全に退化しちゃってるんですよ。
「お父さん預かります」という保育園
思考停止のバカタレ
街を歩けば、「お父さん預かります」なんて看板を掲げているスナックを見かけます。
私はあれを目にして、バカじゃないのかと思いましたね。
会社という檻を失ったシニアが、今度はスナックという檻に、わざわざ自分を預けに行っているんですよ。
中には、奥さんに連れられて店に届けられるんですから笑っちゃう。
金もなく暇だからネトウヨになるシニア
「お父さん預かります」

昔からよく各地に「お父さん預かります」っていう看板を掲げた昼スナックがあるけれど、あれなんてまさに象徴的だよね。
「バカでねえか!」と思うけれど、裏を返せば、誰かに飼われて、どこかに「預かって」もらわないと居場所すら作れない、部品根性のバカタレだっていう証拠なんですね。
物価高でネトウヨ化
ところが、いまは2020年代半ばの冷酷な物価高の時代。
その数少ない「有料の預かり所」だった昼スナックにすら、お金がなくて行けなくなってしまった。
そこで彼らがどこに辿り着くかというと、一円もかからない「インターネット」という場所なんだよね。
アルゴリズムの罠にあっさりかかる
勤め人時代から主体的な思考力を鍛えてこなかったシニアたちは、ネットのアルゴリズムが仕掛けた罠にあっさりと引っかかる。
ネットの中に作られた「反日」だの「売国奴」だのといった過激な情報の「生簀(いけす)」の中に自ら飛び込んで、その中で自分がさも国家を守る重要な歯車であるかのように錯覚して、毎日キレまくっているわけですね(笑)
結局のところ、彼らはネットの生簀の中で、飼育員(過激なまとめサイトやインフルエンサー)が投げ入れるエサに群がって吠えているだけなんだよね。
1400年間続いてきた「家畜化システム」の、これが現代における一番哀れで、バカタレの最終形態なんですね。
年金も限られてるし、このところの物価高も加わって昼カラオケから、一円もかからないネット民になるしか考えが浮かばない。
シニアにまでなって、未だタイパだ、コスパだと言いながら、ネットが配給してくれる「分かりやすい敵」や「安易な正義の記号」を効率よく消費して、暇を潰している。
一度ハマるとアルゴリズムの罠の生簀に閉じ込められ、最高の獲物と認識され、どんどんタイムラインに怒りの矛先が流れて来るのに気がついてない。
そうとも知らずに、「正義」を振りかざして「バカの壁」の中で暴れている。
ネットの中に入ると、「自分は人生の先輩だ」というバカの壁が湧きだして、意見の違う人や自分より若いと見るや相手を説教したり罵詈雑言の攻撃を始める。
これは、今まで会社と言う組織の中で、部品として我慢してきたものが一気に噴き出すからキレるんですね。

飼育小屋がスマホになっただけ
家畜人生の人ほど、定年後に時間が余ると、自分で主体的にやることが何もありません。
ただ安易な「遊び(娯楽システム)」を探して徘徊し、ある日、朝起きないまま死んでいくだけの人生でしょうね。
その飼育小屋が、現代では「スマホ」という電子の檻に変わっただけです 。
夏のある休みの日に、「Tシャツに短パン、なのに足元はビジネスシューズ」で街を歩いているシニアを見かけますよね(笑)
あれこそ日頃、自宅と会社しか行き来しておらず「自分の頭で服装すら選べない」証拠だよね (笑)。

女性も年齢問わずスマホに支配されてるでしょ 。
電車に乗るなりショート動画やゲーム、Lineでのくだらないお喋り中毒。
電車の中で読書している知性のある女性など、もはや絶滅危惧種です 。
自分で考える脳はフリーズしているから、彼(女)らは手元の画面に流れてくる偏ったフェイクニュースやネトウヨ思想(愛国エンタメ)を「世界の真実」だと丸呑みし、あっという間に脳をハックされて過激化していくのですよ 。
そして、操作された動画に踊らされて、「女性初」という虚構の総理を誕生させ熱狂するバカタレでしょう。
いまやその虚構の総理も世界中に恥をさらしてくれるから、日本人の肩身の狭いことってね…
町内会役員になるなり変身する高齢者
日頃、昼行燈の様なシニアが、町内会役員の仕事が回ってくるなり、変身するのがいますよね(笑)
役割りを与えられた途端に、眠っていた勤め人時代の「部品」根性が蘇るんですよ。
別人のごとく、偉そうに振る舞う。
意見を言うと聞く耳持たずで、押さえつけようとする独裁者になるんだよね。
バカタレなんですよ(笑)
これって、新興宗教団体の役職でも言えるでしょ(笑)
社会では、うだつが上がらない人物でも、その組織で役職につくと偉そうになる(笑)
家庭菜園に多い病んでるシニア

彼らがやってる「家庭菜園」を見てもよく分かるんですよ。
私も現役時代から、転勤先のあちこちで土地を借りて家庭菜園をやってましたけどね、シニアになって改めて周囲を見渡すと、畑にいるおっさん連中は、多くが「心が病んでいる」としか思えない連中ばかりが目につきます。
まず、挨拶をしても無反応(死んでる訳ではない)
何かに憑りつかれたように作物を触っているだけ。
楽しんで野菜作りに勤しんでないんですわ。
畑をまるでオフィスの書類みたいに、定規で測ったように四角四面に作る人もいますね。
他人の畑をじろじろと見て歩き、そこでもまた「仕切りたがる(社内政治の継続)」爺さん。
私は、不耕起栽培やコンパニオンプランツ栽培をやってましたが、見に来た爺さんが「汚ねぇ畑だな。素人だろ」とね、無知のバカタレなんですよ(笑)
一応、簡単に不耕起栽培やコンパニオンプランツ栽培を説明すると、聞こえないふりして無言で立ち去るからね(笑)
そんなのに限って、米ぬかをすき込まず土の上に撒くから、強烈な生ゴミ臭を放ち、ハエやウジ虫、ネズミを引き寄せる 。
表面には真っ白や青緑のカビがびっしり生えて胞子を飛ばしているから溜まったもんじゃない。
さらには、化学肥料を大量に使って、農薬をバンバン撒くから周り迷惑なんですよ。
それを教えてやっても、「俺は長いこと畑をやってるんだ!!」と聞く耳を持たないバカタレなんですよ(笑)
猫が来れば、自分の計画(意味)を邪魔する不純物として、クワを持って血相を変えて追い払うんですからね。

養老先生は「自然に触れて身体性を取り戻せ」って、言われますけど、形だけ土をいじったところで、脳みそが「脳化(理屈)」したままであれば、彼らは畑すらも「脳化のシステム(職場の延長)」に変えちゃうだけなんですね。
手遅れになった人間は、環境を変えても治らない。
せっかく、菜園で土いじりをやっても、家に帰ればまたネットの闇に引きこもり、赤ん坊のように泣き叫ぶだけなんだからね。
脳化のシステムから剥がれるには、本当はもの凄く時間がかかるんですよ。
サザエさんの波平さんは54歳
余生が伸びるほどバカタレは時間を持て余す
あのサザエさんのお父さん、波平さんは当時の定年退職55歳の一年前という設定なんですよ。
ほのぼのとしたなんとも言えない昭和の家族を描いていますよね。
ちなみに、福山雅治57歳という衝撃。還暦が目の前ですよ。
以前、そのことをSNSに投稿すると「福山雅治と比べるなよ。彼は特別だ」という人がいましたね。
その人も真意を理解できない「バカの壁」なんですよ。
そもそも、生物の中で子孫を残した後の余生が長いのは人間だけなんですよね。
その年数がどんどん伸びている。特に日本人が顕著です。
それが喜ばしいと、遊び道具を探して世間に迷惑をかけているのが、余生の使い方を知らない高齢者なんですね。
三毛猫師匠が脳化を剥がしてくれた
猫と言う不思議な生き物
私は特に自己主張の強い保護猫の三毛猫師匠と14年暮らしてますけどね、最近ですよ、ようやく、「ああ、この子がいたから、私は現役時代は脳化の極致の職場にいたのに、少しずつ剥がしてもらうことができていたんだな」って気がついて、感謝できるようになったのは。
気づかなければそれまででしょうけどね。私は気がつけた。
言葉で会話しない三毛猫師匠は、赤ん坊や高齢者みたいにぎゃあぎゃあと泣き叫んだりはしない。
じーっとこちらを見つめて、「気づけよ!」って無言の圧というテレパシーを送ってくる(笑)。
こちらはそれを受け止めるために、しんどい思いをしながらも、自分の五感や感覚を研ぎ澄まさざるを得ない。
この「ままならない生命(自然)」に対して、意味や効率を求めず、自分の身体を合わせていくプロセス。
これしか、脳化を解く薬はないんですよ。
ここ数日、三毛猫師匠の体調が悪くなって、何も食べなくなった。
普段はチュールなんて見向きもしない子なんだけどね、お皿に入れて置いておいたら、体調が悪いからやむなく舐めたんだよね。
そうしたら美味かったんだろうね、ペロッと食べて無くなった。
私は嬉しくなってね、チャリ漕いで、隣町の大きなスーパーまで行ってわんさか買い込んできたんです(笑)。
そこには「意味」も「コスパ」もない。
ただ、目の前の自然(猫)に対して、生きがいの如く、身体を動かして買いに行っただけだから。
最近は、猫様の出費の方が私よりかかっているんですよ(笑)。

猫のゴロゴロは唱題
私は日蓮の唱題行も試しに励行しているんですけどね。
あれは頭の中で「己を見つめる」なんて生ぬるい意識の作業じゃないんです。
声を出して、腹の底から音を響かせる、まさに「身体性の復権」なんですよ。
記事にも書きましたが、猫が喉を「ゴロゴロ」と鳴らして、人間社会で歪んだ自分の身体を整えるのと同じ原理です。
唱題という音と振動で、ガチガチに固まった脳を揺らし、歪んでしまった自分を力づくで整える「行」なわけです。
それを毎日、リアルな身体を使って実践しているんですけどね。
最近は、不思議な感覚を覚えるんです。
なんというかなぁ、しばらく入院していた人が退院した日の空を見上げた気分と言うのかなぁ…
こればかりは体感しないとわからないと思います。
未だ日蓮の唱題を宗教だの信仰だと思い込んだり、教えられ拝んでいる人たちにはわからないでしょうね。
その人たちの実践こそ、毎日、脳化(理屈)の極みという促進剤を摺り込んでるんですから、願いが叶うどころか心身ともにおかしくなるわけですよ。
本人の気づきしか解決できない
自分の心配しろ
信仰宗教の人が良く言いますよね。
「誰かのために祈る、題目を送る」だとか、「故人に回向する」って(笑)
養老先生なら、「人の心配や故人の心配をする前に、まず自分の脳化の心配をしてそれ剥がすことに専念しなさい」と言うと思いますよ(笑)
釈尊は「自分の脳に騙されるな。そのために執着を捨てろ」と説いた。
仏教の教えの本質は「自覚」なんですから、他人がどうこうじゃないんです。
あてのない散歩
たまにあてのない散歩をするのも同じです。
猫が気になってすぐ帰るんですけどね(笑)。
そうやって、自分の脳が勝手に作り出す歪んだ理屈に騙されないように、必死に身体の感覚を繋ぎ止めているんです。
自分のためであって、誰のためでもないですからね。
養老先生が長年にわたり、たくさんの本を書き、講演をし、虫捕りという自然との触れ合いを身を以て示してくれています。
だけど、そのメッセージを「自分のこと」として自覚できる人は脳化が剥がれ、自覚できない人は、古代から続く部品のOSを暴走させたまま、ネットの家畜として、赤ん坊の姿のまま生涯を終えるんでしょう。
違いは、何かというのはね、老病死を前に阿鼻叫喚するかどうかなんですよ。
シニアに求められるのは、所詮は「本人の気づき」なだけなんですけどね。
ほとんとが自覚せず生涯を閉じるのです。
自分で考えることをサボり、都合のいい脳内の壁に引きこもるバカタレの構造を説いたのが、言わずと知れた『バカの壁』と『超 バカの壁』。
そして、その「部品根性」のまま放り出され、他者への想像力を失って暴走するシニアの哀れな実態を予言していたのが、今回紹介した『まともな人』と『こまった人』のコンビなんだよね。
彼らがなぜ、物価高でスナックにも行けず、タダのネットという「生簀」の中でアルゴリズムに脳をハッキングされてキレ散らかすのか――その現代的な依存のメカニズムは、世界的ベストセラーの『スマホ脳』を読めば、さらにゾッとするほどよく分かるはずだよ。







