脳の暴走の始まり:「同じ」と「貨幣」
「同じ」が「貨幣」を発明する
人間が動物と違うところはね、違うモノを「同じ」と認識できる能力を持ったことなんですよ。
2500年余り前に、「同じ=交換」ということを理解した人類は、それまでの物々交換に「貨幣」という交換の手段を発明したわけですね。
物々交換だとね、時に相手がいらない時もあるじゃない?
だから貨幣は便利な手段となって、貨幣経済はどんどん発展したんだね。
貨幣の発明で「脳が暴走する」

そこまでは良かったんだけど、人類はバカだから(笑)、その瞬間から「脳の暴走」が始まっちゃって、今日に至るわけ。
この脳の暴走が人間の我欲をどんどん加速させて、いまの「今だけ、金だけ、自分だけ」の、金がモノを言う世の中を作っちゃったわけだ。
カウンターたちの敗北と、釈尊だけの「慈悲」
孔子、ソクラテスの大誤算
その脳の暴走を止めるために、世界中に釈尊をはじめとした賢聖たちが登場したんだけど、ここで大誤算がやらかされるわけ(笑)。
孔子は「主従関係という部品」を、ソクラテスは「正悪の二元論」を説いちゃって、結局は人間をシステムに閉じ込める脳の檻を作っちゃったバカタレたちなんですよ。
コイツらのせいで、世界中はもちろん、特に日本人はもう絶滅前の脳死状態にされちゃったというお粗末。

「同じ」とは「慈悲」(釈尊)
その中で、唯一、釈尊だけが正解を説いてくれたんだ。
釈尊の言う「同じ」とはね、システムのためじゃなくて、「相手の身になって考えることだよ」という「慈悲」だったの。
そのためには、「自分の脳(言葉や虚構)に騙されないことだ」と、出会う人々に対機説法で教えて回ったわけですよ。

インチキ大乗と、日本を呪縛する「家畜OS」の歴史
大乗というインチキ、儒教(部品)、二元論のトンデモ世界
ところが、釈尊が亡くなると、人間は無明(バカ)だからさ、その教えとは程遠い理屈をこねくり回し始めたわけ。
大衆を扇動する「大乗なるインチキ」が金を布施させて、巨大寺院の建設なんかで贅の限りを尽くしたんだよね(笑)。
この時点で、世界には大乗というインチキと、国民を部品扱いする儒教が蔓延して、西洋では二元論が一神教の根本になるという、トンデモない世の中が出来ちゃったわけですよ。
虚構の聖徳太子システムで家畜化

で、我が日本はどうだったかというと、もともと縄文人は「身体性」を根本に豊かに暮らしていたんだよね。
そこに、中国大陸での争いに敗れた分際で、この列島に逃げ込んできた連中がいてね。渡来人と呼ばれる連中ですよ。
彼らは大陸に仕返しがしたいもんだから、列島民を効率よく家畜支配しようと、あの「儒教」と「大乗というインチキ」を取り寄せたわけ。
そうして「聖徳太子」っていう虚構のマスコットを作り上げて、日本人の「家畜化プログラム」をインストールしちゃったんだね。
その後も、幕末まで武家社会の名の下に家畜化支配がずっと続く歴史だね。
なんとなく、見えるでしょう。
日蓮が唯一身体性(五感)の復権「唱題行」を提唱した

また、この間に、カウンターとして物部氏や日蓮が登場して、日蓮なんかは「唱題行」という、声と腹の底からの振動を使った「身体性の復権」を命がけで提唱したんだ。
だけど、やっぱり日蓮が亡くなると、バカタレどもはそれをまた「信仰」っていう生ぬるい脳内の理屈(記号)に回収して形骸化させちゃったんだよね。
明治維新で「天皇統治プログラム」誕生
そして黒船が来て明治維新となった時、今度は大久保利通(麻生太郎の高祖父)たちが暗躍して、新たなマスコットたる「天皇統治プログラム」を作り、そこに西洋のシステム至上主義(二元論)までチャンプルーしたもんだから、最強の家畜化政策を作り上げたというものですよ。
敗戦で、米国に解体され「人間天皇」にされたんだけどね、いままた麻生太郎というシステム管理人を自称する人物が、皇室典範改正を企んでるでしょう。
冥途の土産になんとしてもやりとげたいんだと思うよ。
国会議員連中の中にもこんな史実を知りもしないで、明治憲法に戻せと声高に叫んでるバカタレがいるよね。
全外来思想のキメラ的形骸国家の末路

感覚麻痺した日本人の末路
要するにね、世界で日本人だけなんですよ。
「儒教(部品化)」「インチキ大乗(虚構と搾取)」「西洋二元論(意味の奴隷)」という悪のすべてを最悪な形でハイブリッドして脳に詰め込み、形骸化させた国は(笑)。
つまり、日本っていうのは「全外来思想のキメラ的形骸国家」なんだね。
本来なら、こんなシステムは精神が崩壊するほど息苦しい病理そのもののはずなんだけどね。
でも、15年前に スマホが登場したことで、国民の脳化は極致に至り感覚が麻痺したから、息苦しさすら感じないんだ。
その結果、息苦しさすら感じないほど、感覚が完全に麻痺した「スマホ脳のバカタレ国家」が完成しちゃったわけですよ。

養老先生の宿題と、ラストの一喝
脳化された「意識」の檻から出て、身体性(五感)を取り戻せ
いま、この人類20万年の脳の暴走、そして日本の家畜OSに対して、解剖学の地平からカウンターを鳴らし続けているのが養老孟司先生なんですよ。
養老先生が『唯脳論』や『バカの壁』で警鐘を鳴らす根本は、釈尊や日蓮の叫びと1ミリも変わらない。
脳化された「意識」の檻から出て、生物としての「身体性(五感)」を取り戻せ、ということ。
そうしないと、老病死という「脳の理屈が1ミリも通じないリアルな身体の崩壊」に直面したとき、みなさんはただただ阿鼻叫喚して死ぬことになるぞ、という話なんだよね。

釈尊:「お前たちが『現実』『自分』と呼んで執着しているものは、五感の入力データと脳(意識)が作り出した一時的な合成物(五蘊)にすぎない」
中村元:「釈尊は、人間は自分の主観(認知構造)から一歩も外に出られないという限界を、2500年前に見抜いていた」
養老孟司:「その通り。脳という3層構造の生体コンピューターが電気信号を処理しているだけなのに、人間はその処理結果(意識)を『客観的な世界のすべて』だと勘違いしている」
自分の「脳」に騙されるな
釈尊は、所詮は「自覚」だと説いている。
この国の欺瞞、そして自分の脳の騙し絵を知って、あなたはどう感じるの?
このまま、手のひらの画面にハックされた家畜として、バカタレのまま阿鼻叫喚して終わるんですかい?









