統治OSの正体
「なぜ、今の日本はこんなに息苦しいのか?」 渡来人が仕掛けた罠

その答えは、戦後の歪みでも、現代の政治の良し悪しでもありません。実は今から1400年も前、大陸の戦乱から逃れてきた「渡来人」によって、日本列島へ強制的にインストールされた冷酷な支配システムが原因なのです。
教科書の聖人・聖徳太子の裏に隠された、儒教と大乗仏教という「大衆洗脳の仕掛け」。そして明治以降、西洋思想を取り入れて現代まで自動暴走を続ける「日本人家畜化計画」の恐るべき正体を、歴史の深層から徹底的に解き明かします。
「空気を読め」という異常な同調圧力、理不尽な上下関係、何かに取り憑かれたようにスマホの画面に縛り付けられる人々、そして街に溢れる奇怪な騒音や身勝手な行動……。
テレビをつければ、政治家たちが「新しい日本を作る」だとか「憲法はアメリカに作られたから変えるべきだ」「いや、護憲だ」などと浅薄な議論を戦わせていますが、実は、そんなものはすべて本質から目を逸らさせるための茶番に過ぎません。
この国を覆う息苦しさの正体は、ここ数十年の政治の良し悪しでも、戦後の歪みでも、あるいはどこかの「闇の勢力」が裏で社会を操っているからでもありません。
その真犯人は、人類が生み出してしまった「貨幣」というシステムがもたらした、脳の爆発的な暴走(脳化)に他なりません。
1400年前の渡来人による「統治OS」が作動し続けている
経済、そして、その暴走をこの列島の支配に利用するために、今から1400年も前に強制インストールされた「統治OS」が、今なお狂ったように作動し続けているということです。
今回は、この社会のバグの構造と、私たちが「正気」を取り戻すためのヒントを歴史の深層、現代の歪み、そして日々の日常の身近な風景から徹底的に解き明かしていきます。
孔子とソクラテスの大誤算、そして貨幣という脳の暴走

「貨幣」を発明し「脳が暴走」し、全てを「記号」置き換えた
そもそも、人類を狂わせた「貨幣」の本質とは何でしょうか。
それは、本来は生々しく、一つひとつ形も手触りも価値も違う現実の「モノ」や「身体」を、脳内の一貫したロジック(数字・イコール)によって強引に規格化し、計算可能にする究極の「脳内ツール」です。
本来、自然界には「100円のリンゴ」など存在しません。
傷のあるリンゴ、甘いリンゴ、重いリンゴという、それぞれ固有の「生(リアル)」があるだけです。
しかし、人間は「貨幣」という概念を発明したことで、それらの生々しい個性をすべて消去し、数字という記号に変換してしまいました。
人間がこの便利すぎる道具を手に入れた瞬間から、人間の脳は暴走を始めました。

「脳の暴走」ってなあに?
そもそも「脳の暴走」とはなんぞやですが、脳は全身からの神経細胞がつながっているデジタル信号なんです。
神経細胞の状態は1であれば興奮、0であれば休んでおり、回路として機能するためには、0と1の仕事になります。
もうおわかりかと思いますが、コンピューターというのは、われわれの脳みそを真似して作っているんですね。
これが「脳の働き」ですが、これが勝手に暴走しているということです。
脳の暴走(脳過労)って、ノートPCを使いすぎてファンが『ウィーン』って唸り出している状態と全く同じなんですよ。
同時にたくさんのアプリ(情報)を開きすぎて、頭のCPUが熱を持ってフリーズしかけている状態。
ただ、PCと違って脳は自分で音を出せないから、代わりに『イライラ』とか『物忘れ』『頭痛』っていう形でSOSサインを出して来るんですけど、脳化(スマホ脳)は、全身からの神経細胞が機能していなければ体調の変化すら感じることがなく、やがてフリーズするだけです。
だからPCと同じように、一度画面を閉じて、冷ましてあげる(正気に戻るように休ませる)時間が必要なんです。

「脳の暴走」とは貨幣誕生以来これがずっと続いている状態のことで、「正気」ではないのです。
これこそが、解剖学者の養老孟司先生の言う「脳化(意味や計算、記号だけで世界を埋め尽くし、予測のつかない生身の身体や不条理な大自然を排除していく病理)」の始まりです。
孔子、ソクラテスの大誤算が今日の日本人を苦しめている
かつて、この貨幣の登場によって人間が内なる野性を失い、脳の檻に閉じ込められていくのを食い止めようとした聖賢たちがいました。
中国の孔子やギリシャのソクラテスは道徳や論理的な対話によって、脳の暴走にブレーキをかけ、人間の身体性や調和を取り戻そうとしたのですが、結果は彼らの「大誤算」に終わり、逆に脳化をさらに進めてしまったのです。
一度インストールされた貨幣の魔力(計算の誘惑・効率の快感)は、彼らの思想をも「システムを正当化するための部品」として飲み込み、人類全体の脳化をいっそう加速させる結果になってしまいました。
「自分の脳に騙されるな」と説いたブッダの教えも滅後に書き替えられる
一方で、彼らとは全く異なるアプローチで脳の檻を見抜いたのが、釈尊(ブッダ)でした。
釈尊は言葉や概念、社会のルールという「脳内の嘘」を見抜き、「自分の脳に騙されるな」、今ここにある「身体のリアル」に還ることを教えましたが、この強烈なカウンター思想もまた、のちに統治者たちによって都合よく書き換えられていくことになります。
1400年前に作られた「聖徳太子システム」という巨大な嘘
全ては、渡来人が列島に来たことで始まった

この「貨幣がもたらす脳化OS」を、1400年前の日本列島へ、最も最悪な、かつ完璧な形で強制インストールした連中がいます。
それが、大陸の凄惨な戦乱や政争から逃れてきた「渡来人(新興エリート知識人層)」です。
彼らは、最先端のハッキング技術(文字、土木、製鉄、軍事、そして貨幣制度)を武器に、日本列島の中枢へずる賢く滑り込んできました。
彼らにとって、それまでの日本列島に息づいていた、言葉で割り切れないフラットで生々しい身体的つながりや、八百万の自然を畏れる精神世界は、極めて管理しづらい「バグ」のようなものでした。
そこで彼らは、現地の人々を効率よく家畜化し、自分たちが頂点に君臨するための「ピラミッド型の支配秩序(Order)」を構築しようと企んだのです。
その支配の材料として使われたのが、人間を社会の規格品にする孔子の大誤算「儒教」であり、そして歴史上の釈尊(ブッダ)の本来の教え(個の覚醒)とは何の関係もない、大衆の不満を和らげるためのガス抜き用神秘主義として魔改造された「大乗仏教というインチキ」でした。
聖徳太子というマスコットを仕立てた

そして、この冷酷な統治システムを民衆に疑われずに受け入れさせるために、彼らはある「広告塔」をでっち上げたのです。
それこそが、私たちが教科書で習ってきた「聖徳太子」です。
面白いことに、聖徳太子は本名を「厩戸皇子(馬小屋の王子)」と呼ばれたとされています。
これを聞いて、何か気づきませんか?
そう、キリストの「馬小屋誕生」の完全なパクリ(模倣)なのです。
当時、大陸経由で入ってきた景教(キリスト教の一派)の物語を流用し、東洋の万能の聖人という、いかにも大衆が喜びそうなプロフィールを捏造したわけです。
したがって、近年の歴史学で言われている「聖徳太子は実在しなかった」という説は、極めて真実味を帯びています。
実在の厩戸王は血みどろの政争に明け暮れた泥臭い権力者の一人に過ぎず、私たちが知る「聖徳太子」は、後世の最高権力者たちが民衆を効率よく管理するために脳内で作り上げた「虚構(脳内ファンタジーのマスコット)」に他なりません。
支配者たちにとって、聖徳太子が実在したかどうかなど、どうでもよかったのです。
大切なのは、その美しく清廉なマスコットの裏に、冷酷な支配アルゴリズムを隠すことでした。
これこそが、今日までこの国を縛り続ける「聖徳太子システム」の正体です。
排除された「ブレーキ」の歴史
この狂気的な脳化の暴走(聖徳太子システム)に対し、日本史の要所で自らの「身体」と「本物の自然」のリアルを掲げ、命がけでブレーキを踏もうとした先人たちが存在しました。
しかし、日本社会はその強力なブレーキをことごとく圧殺し、排除してきた歴史があります。
「頑迷な悪者」にされた物部氏
最初の巨大なカウンターを仕掛けたのは、古代の「物部氏」でした。
文字や教理(脳の記号)に依存せず、日本古来の生々しい自然や身体そのものを祀る彼らは、他国の異質なシステム(大乗というインチキ仏教)の導入に激しく抵抗しました。
しかし、組織力という「脳化の武器」を使いこなした蘇我・聖徳太子連合軍によって族滅され、歴史書において「頑迷な悪者」としてデリートされたままの日本史です。
八百万の神々も社に閉じ込められた

同時に、古来の自由な大自然への信仰(八百万の神)は、渡来人の建築技術によって「神社(社殿という人工の檻)」へと閉じ込められ、戸籍管理のための統治拠点として毒抜きされていったのです。
これが神社の正体です。
神社に行ってお参りし、清々しい気持ちになっているそこのあなた!渡来人の工作物ですよ
昨今の政治家たちは「戦後、アメリカに押し付けられた現憲法を変えるかどうか」で大騒ぎしていますが、この国の統治システムの根幹(他国OSによる支配)は、戦後どころか、すでに1400年前の飛鳥時代に渡来人によって完成しているのです。
つまり、私たちはアメリカに占領される遥か昔から、渡来人のシステムに占領され続けて来ていたわけです。
なぜ日本の支配層は国民に「寄り添わない」のか?
日本の支配層や政治家は国民のことは考えることはない
古代から現代にいたるまで、「日本の支配層や政治家は、どうしてこれほど日本国民に寄り添っている感じがしないのか」という素朴な疑問を、誰もが一度は抱いたことがあるはずです。
災害が起きても対応は遅く、増税ばかりで、国民の命や暮らしをどこか冷淡に見つめているから、ほら吹きと揶揄される所以です。
渡来人OSの末裔は日本人に愛着を持たない
その謎も、この渡来人システムを見れば一発で解けます。
彼らの歴史的ルーツは、この日本の土地や生身の人間に対する愛着を一切持たない「他国OSの管理者」だからです。
彼らにとって、国民は愛すべき同胞ではなく、システムを維持するための「燃料」であり「歯車」に過ぎないのです。
明治維新でバージョンアップした聖徳太子システムと天皇統治プログラム
この聖徳太子システムは、明治維新によってさらに最悪な形でバージョンアップされました。
明治政府は、日本古来の豊かな神仏習合の文化や、生々しい地域コミュニティを「近代化の邪魔なバグ」として激しく破壊(廃仏毀釈)しました。
そして、今度は「西洋の二元論(近代化・効率主義・科学万能主義)」という他国OSを無批判に丸呑みし、天皇を頂点とした人工的な管理プログラムへと民衆の精神を書き換えたのです。
その結果、日本は世界でも類を見ない、トンデモナイ脳化支配国家へと変貌してしまいました。
決して、特定の「闇の勢力」が秘密結社のように裏で糸を引いているのではありません。

権力者も富裕層も「部品」であるため気づかず暴走している
恐ろしいのは、権力者も富裕層も、全員がそれぞれの深度で「脳化の極致」に至り、システムそのものが自動暴走しているという事実であり、彼らもまたシステムの部品に過ぎないので自分たちの脳が暴走し、そうさせているなどと思ってもいないことです。
他国のカルト宗教に政権中枢が牛耳られていることすら理解していない
誰もが脳の暴走を止められない現代において、政権支配層はますますその利権とシステムを維持することだけに執着する部品と化しており、それが彼らには「正義」だと認識させているわけです。
そのためには手段を選ばず、結果として今や「国家の根幹をゆるがす他国の新興宗教(カルト宗教)」に政権の中枢を深く牛耳られるという、おぞましい事態を引き起こしているのが実態です。
だから、いくらこのことをSNSはじめ世論が騒いでも彼らにはそれがおかしいと思う感覚がないのです。
以前、政府与党議員が「何が問題なのでしょうか」とコメントしてましたが、あれこそ本音なのです。
常に新しい「マスコット」を作りつづけること
他国の不気味なロジックで国民の精神と身体を縛り、マインドコントロールでガス抜きをする――この構図は、1400年前に渡来人がインチキ大乗仏教を持ち込んだ時と、構造的に何一つ変わっていません。
彼らはシステムを維持し、大衆の目を眩ませるために、常に新しい「マスコット」を作り上げ、これからも作り続けるのです。

女性初の総理大臣という虚構のマスコット
昨今、メディアがこぞって煽り立てる「女性初の総理大臣」の誕生への熱狂などは、その典型的な見本です。
だから、本人の実務能力や政治理念、国家観、経歴詐称をはじめ本人の言動やウソなど、システムを維持する側にとっては実はどうでもいいのです。
大衆が「新時代だ!」「画期的だ!」と脳内で勝手に盛り上がってくれれば、それで合格なんですね。
それは現代に蘇った、新たな「聖徳太子(虚構のマスコット)」に過ぎませんから、誰でも良いのです。
消費者を「エキストラ」として支配する富裕層と企業
商いではなく、企業のエキストラ
脳化の極致にあるのは、政治家だけではありません。
経済を牛耳る富裕層や巨大企業もまた、脳の暴走によって「身体性」を完全に喪失しています。
彼らにとって、日々の生活で泥にまみれ、日常の汗を流して働くという「労働の身体性」は存在しません。
画面の上の数字、株価、利益率という、脳内のデータゲームだけに生きているからです。
そのため、彼らは我々消費者のことを、血の通った「お客様」などとは微塵も思っていません。
自分たち企業が莫大な利益を上げ、脳内の数字を増やすという目的(台本)のために、都合よく動いて金を落としてくれる「エキストラ(群衆)」としてしか見ていません。
無報酬で労働させられ喜んでいるバカタレ
その最も滑稽で、かつ背筋が凍るような現代の象徴が、スーパーやコンビニに普及した「セルフレジ」です。
よく考えてみてください。
あれは本来、店側(企業側)が従業員を雇って給料を支払い、やらせるべき「労働」ですよね。
それをお客様であるはずの私たちに代わりにやらせているのですよ。
にもかかわらず、商品の料金は有人レジと同じ、あるいは物価高で上がっているわけです。
普通に考えれば、「なぜ客である私が無報酬で店のスタッフの労働を肩代わりさせられ、同じ料金を払わなければならないのか?」と疑問を抱くのが当たり前です。

思考停止のバカタレたちは進んで無報酬労働に励む
しかし、脳化が進みきった現代人は、この不条理に対して疑問すら感じない思考停止なのです。
それどころか、スマホやSNSの画面に毒され、「対人のコミュニケーションが苦手だから」「自分のペースでできて便利だから」という脳内の言い訳を用意して、喜んで自ら進んで「無報酬のスーパーのレジスタッフ」の役割を演じているのです。
企業から見れば、これほど扱いやすい「エキストラ」はおりません。
コストをかけずにシステムを回し、客が勝手に自己満足して労働してくれるわけですから。
これこそ、思考停止した大衆がいかにシステムに飼い慣らされ、家畜化されているかを示す、現代の凄惨な縮図そのものです。
「脳化の深度」によって分かれる、現代人の3つの階層
現代社会は、この「脳化の深度(脳の暴走にどれだけ実存を乗っ取られているか)」によって、次の3つの階層に完全に分極化しています。
【第1階層】権力者・富裕層(身体なき支配の亡者)
先述の通り、日常の身体的労働から最も遠い場所にいる連中。脳化の度合いが100%に達しており、権力者は支配欲、富裕層は金欲という「脳内の脳内による脳内のためのゲーム」にしか興味がありません。
彼らは他国のカルト宗教やAIといった、人間を記号化するシステムと手を結び、どこまでも暴走を続けます。
【第2階層】周囲にいる「バカタレ」連中(感覚の完全な麻痺)

SNSのトレンドに狂喜乱舞し、画面の数字に一喜一憂し、現実の公共の場に出れば大声で騒音を撒き散らしたり、身勝手な行動で他人に迷惑をかけたりする連中です。
彼らは脳化が進行しすぎた結果、もはや自らの「五感」や「羞恥心」といった身体的感覚が完全に麻痺してしまっています。
恐ろしいことに、彼らは感覚が麻痺しているがゆえに、この社会の異常さや「息苦しさ」すら感じられないのです。
彼らは「類は友を呼ぶ」という言葉通り、特定の騒がしい街やコミュニティに群がります。
思考を停止し、システムに最適化された家畜として生きているため、そこには何の葛藤もなく、脳の暴走はいっそう加速していくことになります。
【第3階層】息苦しさを感じている「あなた」(残された正気)

そして、日々この社会の同調圧力や、バカタレ連中の騒音、企業の不条理なシステムに窒息しそうなほどの「息苦しさ」を感じている、一般国民である「あなた」です。
もし、そのようなバカタレ連中が群がる街に、まだ「正気」を残しているあなたが住んでしまったら、それはまさに精神の地獄そのものでしょう。
実は、今の私がまさにそうなのですよ。
だから、息苦しいのなんのと・・・。
幸か不幸か、養老先生からの最後の宿題の回答を実体験したことで記事にしてこれたのです。
周りは麻痺しているのに、自分だけがその異常なノイズを感じ取ってしまうのですから、しんどい訳です。
しかし、ここで最大の新事実(朗報)をお伝えします。
あなたがその息苦しさを感じ、地獄のような苦痛を覚えているということは、あなたがまだ「正気」を完全に失っていないという絶対的な証拠です。
脳化の波に完全に呑み込まれず、あなたの生身の「身体」が、システムの異常に対して「ここは狂っているぞ!」とSOSのサインを出し続けているからです。
つまり、あなたこそが、この病んだ脳化社会から「救われる可能性(処方箋)を残した、唯一の人々」となりますね。
恐ろしいことは、この「息苦しさ」を感じている割合は実は一握りになってしまっていることです。
脳化へのカウンター:釈尊のリアルと、日蓮の咆哮
釈尊、日蓮というカウンター

今、息苦しさを感じている多くの人は、その「正気」を残してはいるものの、まだそこから抜け出すための具体的な処方箋に気がついていません。
しかし、歴史を振り返れば、この1400年続く脳の檻を食い破るために、命懸けで「身体的カウンター(抵抗)」を仕掛けた偉大なる先人たちがいました。
それが、釈尊(ブッダ)であり、日蓮です。
日本似非仏教は世界からも嘲笑されている
歴史上の釈尊が説いた初期仏教の本質とは、後に渡来人たちが国家統治用に魔改造した「大乗仏教」の思想とは、完全に真逆のものでした。
釈尊は、「自分の脳に騙されるな」「そのために執着を捨てろ」と説き、インド全土を歩き出会う人個々人の相談に乗る対機説法を行いました。
だから、釈尊に出会った人たちは誰もがブッダ(覚った人)になったと喜びの記録が残されています。
しかし、釈尊滅後から教えとは関係のない難しい「理屈」ばかりの経典を作り、大衆を扇動する大乗なる勢力が登場し、大衆から金品を巻き上げ贅の限りを尽くしていきました。
実はこれが中国経由で日本に伝わり現在まで仏教だと信じ込まれている正体です。
釈尊は対機説法ですから文字を残していないので経典など作っていません。
釈尊は、言葉や概念、社会のルールという「脳内の嘘」を見抜き、今ここにある自らの「呼吸」や「身体の微細な感覚」をただ冷徹に観察することを教えました。
頭(意識)が作り出す執着や妄想から離れ、肉体というリアルに還る「個の覚醒」の教えだったのです。
個人がシステムから離脱して自由になるこのリアルな思想は、国家を統治する側にとっては、極めて危険で不都合なものだったため、釈尊滅後いとも簡単に改竄され歴史の闇に埋もれさせられました。
釈尊の咆哮は、発見された原始仏典
19世紀末、スリランカにおいて釈尊の生の声を留める「原始仏典(パーリ仏典)」が再発見されたことで、真実を知ることが出来たのです。
日本が世界に誇るインド思想哲学者の中村元先生がその生涯をかけて光を当て続けたのは、この「脳化される以前のブッダの生身の言葉」です。

そして、その釈尊の「リアルな身体性」を、牙を剥き出しにしてこの日本列島に力づくで呼び戻した男が日蓮です。
日蓮が仕掛けたカウンターとは、当時伝わり釈尊の仏教だと信じ込まされていた大乗経典という頭の中だけで難解な教義(脳化)をこねくり回すことではありませんでした。
支配層の権力や、他国の思想に阿(おもね)る既成宗教の欺瞞に対し、己の全生命、生身の肉体を極限まで震わせて「南無+音(妙法蓮華経)」と叫ぶ、圧倒的な「唱題という身体的振動」だったのです。
日蓮は、支配者の作った冷酷な記号の檻を、生命の底から湧き上がる「声の振動(フィジカル)」によって木っ端微塵に砕いてみせました。
これこそが、脳化に対する究極の身体的テロルだったのです。
日蓮の唱題と猫のゴロゴロのシンクロ

既に、書いてありますが、人間社会に同調して生きる猫たちは、知らず知らずのうちにこの「脳化のノイズ」に侵食され、野生としての自律的なバランス(身体性)を狂わされています。
つまり、現代の家猫たちは、人間と同じように「脳化のストレス」を抱えているのです。
だからこそ、彼らは喉をゴロゴロ鳴らすことで、身体性の狂いを調整しているのです。
猫が自らの身体をチューニングするために「ゴロゴロ」という振動を用いるのと、全く同じシステムを人間側で開発したのが日蓮の提唱した「唱題行」なのです。
日常で実践できる、身近な 3 つの「処方箋」
ハワイに行けば「正気」戻るが・・・

私たちが目指すべき身体性の理想郷、その究極の天地はおそらく「ハワイ」のような、人間の計算が一切及ばない手付かずの大自然にあるのでしょう。
そこに行けば、脳化の呪縛は一瞬で解けます。
私も一時住んでおりましたから、その感覚はよくわかります。
しかし、私たちは明日からハワイへ移住できるわけではありませんし、毎日の生活があります。
だからこそ、私たちが今いるこの息苦しい場所で、正気を取り戻すための「身近で、泥臭い3つの処方箋」が必要不可欠なのです。
猫との生活(ゴロゴロという生命の振動)

最も身近にいる「脳化システムから100%ログアウトしている存在」、それこそが猫です。猫は意味やコスパ、数字、マニュアルのために生きていません。ただその身体の欲求に従って生きています。
疲れて帰った夜、布団の中で猫が「ゴロゴロ」と喉を鳴らす五感の心地よさに、ただ耳を澄まし、身を委ねてみてください。
実は、この猫のゴロゴロという肉体の微細な振動(周波数)こそ、日蓮の「唱題の振動」と深くシンクロしています。
意味や記号(脳)の世界を完全に遮断し、ただ純粋な生命のリアルな振動に触れること。
これが、昂ぶりすぎた脳の暴走を鎮める最大の特効薬になります。
当てのない散歩
スマホの地図アプリを消し、「目的地(意味)」を一切決めずに、ただ足の裏が地面を踏みしめる感覚だけを頼り歩いてみる。
効率やタイパという脳のモノサシをゴミ箱に放り出し、ただ不条理で、予測のつかない現実の空間に肉体を晒すのです。
たまに、都会の人工的な騒音を離れ、手付かずの自然や森に触れるのは効果大です。それだけで、私たちの脳内OSは強制リセットされ、眠っていた野生の感覚が呼び覚まされます。
日蓮の唱題(南無の振動によるログアウト)
頭の中でぐるぐると将来の不安を悩む(脳化する)のを今すぐやめ、声を出して生命の振動を自らの肉体に響かせる。
これこそ、スマホ脳や同調圧力の電波から強制的にログアウトし、自分自身の身体的実存を取り戻すための、最も手軽で強力な「自己ハッキング」です。
結び:1400年の催眠術から目を覚ませ
1400年前から渡来人に乗っ取られていたことに気づけ
現代の日本社会を覆う「息苦しさ」の正体は、2500年余り前に貨幣を誕生させたことで始まった「脳の暴走」にカウンターとして釈尊が登場し、「自分の脳に騙されるな。執着を捨てろ」と説いて歩いた。
同時期に登場した孔子とソクラテスのアプローチは、結果的に「脳の暴走の壁」をより高く、強固なものにしてしまうという大誤算をやらかした。
聖徳太子システムという檻の中の日本人
1400年前、列島に新しく押しかけてきた新興の渡来人たちの高度な知識や技術を利用し、一足先に列島を支配していた先着の渡来系エリートたちは「日本」を建国するとともに、民衆を縛る「聖徳太子システム」なる支配体制を作り上げようと企みました。
大陸由来の儒教や、本来の釈尊の教えとは無関係な大乗というインチキ思想を統治OSとして導入しようとする動きに対し、日本古来の身体性を守ろうとする物部氏らが猛烈なカウンター(抵抗)を仕掛けたものの、システム化された強大な組織力と武力の前に屈してしまったのです。
大乗インチキ仏教が蔓延った鎌倉時代にカウンターとして日蓮が登場し咆哮を上げた。
ネット社会の脳化の到来を予見し『唯脳論』を著した養老孟司先生

そして平成の幕開け、まだネット社会の足音すら聞こえない1989年、解剖学者の養老孟司先生が登場し『唯脳論』を出して咆哮をあげました。
来たるべきネット・デジタル社会で人間の脳が完全に暴走することを見抜き、またスマホが始まる少し前に『バカの壁』を出し、来るべき時代に備えよと命懸けの警鐘を鳴らし続けたのです。
スマホ脳は「バカの壁」を読まない
しかし、日本人の脳化は収まるどころかスマホが登場するや否や誰もが飛びつき、また政府や企業までも積極的に活用したので、スマホ脳化は今日の極致に至っているのが現実です。
渡来人が仕掛け、明治、そして現代のカルト宗教やAIへと引き継がれてきた「脳化支配システム」の自動暴走です。
僅かな人しか残っていない「正気のSOS発信者」
我々は、支配層の作った虚構のマスコット(女性初の総理やセルフレジの便利さ)に熱狂し、感覚を完全に麻痺させた「家畜(バカタレ)」として、そのまま脳の暴走の果てに自滅していくか。
それとも、今感じているその息苦しさを「正気のSOS」として受け止め、釈尊や日蓮のように己の「個」の身体を信じ、生々しいリアルに還るか。
答えは、政治のニュースの中にはありません。
あなたの目の前にいる猫の喉の鳴る音の中に、そして今、あなたが一歩を踏み出す足の裏の感覚の中に、すでに用意されているのです。








