私たちは本当に「考えて」いるのだろうか
スマホに取り憑かれている現代人

電車に乗り周囲を見渡すと、ほぼすべての人がうつむき、手元の小さなスマホ画面を凝視しています。
140文字の短いテキスト、15秒のショート動画、次から次へとスクロールされるタイムライン。
私たちは毎日のように膨大な情報に触れ、世の中のあらゆる出来事を「知っている」ような万能感に浸っていますよね。
しかし、私たちは本当に自分の頭で「考えて」いるのでしょうかね。
それとも、単に情報を右から左へと消費させられているだけなのではないでしょうか。
アンデシュ・ハンセン先生のベストセラー『スマホ脳』

いま、現代人の脳の危機を訴えるアンデシュ・ハンセン先生のベストセラー『スマホ脳』が世界中で共感を呼んでいますが、この「スマホ脳」が陥っている病理を、早くから完璧に予見していた人物がいます。
解剖学者・養老孟司先生です。
世間では、2003年に空前の大ヒット(累計460万部超)を記録した『バカの壁』が有名です。
当時は、「構造改革」や「自己責任論」という冷酷な政権により、日本社会の中は、人々の心が限界まで乾ききっていた時代でした。
そんなモヤモヤとしたスッキリしない世相を完璧に反映し、人々の強烈なストレスに突き刺さる一冊だったのです。
人々が求めたのは、分かり合えない他者や冷酷な社会から自分の心を守るために、「合法的に心のシャッターを下ろすための理論」であり、だからこそあの本は爆発的に売れたのです。
40年前の養老孟司の警鐘が現実となる

実はこの「バカの壁」には、さらに古い、真の原点があります。
2003年のブームより遥か前、1986年に発表された養老先生の処女作『形を読む』の第二章に含まれるエッセイ、「方法の限界――馬鹿の壁」です。
1986年当時、養老先生が提示した「馬鹿の壁」とは、目先の人間関係の道具ではなく、「人間は自らの脳(意識・方法論)の枠組みの中でしか世界を切り取れない」という、本質的な認識の限界を指していました。
皮肉にも、この1986年に提示された人間の脳の恐るべきメカニズムは、40年後のスマホ社会の現代に「最悪の形」で完成されてしまったと言わざるを得ないようです。
なぜ、スマホ脳の人ほど『バカの壁』を読まない(読めない)のか。
そして、スマホが私たちの脳にどのような「見えない檻」を築き上げているのか。
その構造を解き明かしていきます。
スマホのアルゴリズムという「究極の罠」
「バカの壁」とは「脳の限界や思い込み」のこと

養老先生が説く「バカの壁」とは、知能の低さを指す言葉ではありません。
人が「知りたくないこと」や「興味がないこと」に対して無意識にシャッターを下ろし、自分の脳が理解できる狭い範囲だけで物事を判断してしまう「脳の限界や思い込み」のことです。
養老先生は、人間の脳は興味のない情報の「重要度(係数)」をゼロにしてしまい、文字通り「存在しないもの」として処理すると指摘しています。
この「情報の遮断」を、本人の代わりに、かつ完璧に自動で行ってくれるシステムこそが、スマホの中に組み込まれた「アルゴリズム」です。
それ、お前の趣味じゃなくて、提供者の思惑だぞ
SNSやYouTube、ショート動画(TikTok、Reels、Shorts)は、あなたが過去に見たもの、いいねを押したもの、長く滞在した画面をすべて学習しています。
そして、あなたのタイムラインには「あなたが好む情報」「あなたの意見を肯定してくれる言葉」だけを敷き詰めるのです。
結果として、自分の関心外にある情報や、自分と異なる価値観は、スマホを開いている限り一切目に入らなくなるわけですね。

かつては自ら無意識に築いていた「バカの壁」が、現代ではテクノロジーの手によって自動的、かつ強固にコーティングされてしまいました。
しかもタチが悪いことに、スマホ脳の我々は「自分は世界中のトレンドを網羅している」と錯覚しているため、自分が狭い檻(エコーチェンバー)の中に閉じ込められていることにすら気づいていません。
アルゴリズムの罠を示す3行の具体例「初の女性総理」誕生

- ネットのアルゴリズムが弾き出す「作られた熱狂」に誘導され、国会議員も有権者も深く考えることを失念した結果、経歴や政策、言動に多くの矛盾を抱えた「初の女性総理」という究極の人工物(物語)を誕生させてしまった。
- しかし、生身の現実(少子高齢化や困窮、カルト汚染)から目を背けて虚構の記号に熱狂したツケは重く、誕生直後からいまやSNS上は「非難轟々」の嵐が吹き荒れている。
- デジタル画面の中でリセットボタンを押すように意見を翻す現代人の姿は、脳が作った「都合の良い物語」にハックされ、身体感覚の「何かおかしい」というアラートすら麻痺してしまった情報の家畜そのものではないだろうか。
――しかし、この無残なドタバタ劇を冷徹に見下ろしている存在がいます。
それこそが、このアルゴリズム(檻)を設計したシリコンバレーの帝王たちなのです。
彼らの「二重基準」の正体とは……後述します。
検索5秒で陥る「分かったつもり」という病
「分かったつもり」による思考停止

『バカの壁』におけるもう一つの重要な指摘は、「分かったつもり」による思考停止です。
人間は、ある事柄に対して一度「知っている」と思い込むと、それ以上の探求や観察を完全にやめてしまいます。
スマホ脳はこの「分かったつもり」を恐ろしいスピードで加速させます。
わからない言葉、話題のニュース、話題のスポット。 スマホがあれば、検索して5秒で「答えらしきもの」にアクセスできます。
解説動画を1.5倍速で見れば、なんとなく理解した気になれます。
タイムパフォーマンス(タイパ)を追い求める現代人にとって、これは非常に効率的に思えるでしょう。

スマホでドーパミン過剰放出の脳
しかし、ここで得た「答え」は、他人が用意した要約に過ぎません。
自分で悩み、論理を組み立て、矛盾に苦しむという「思考のプロセス」が完全に抜け落ちています。
新書を1冊読むということは、スマホのスクロールとは対極の行為です。
著者の回りくどい論理に付き合い、時には自分の常識を揺さぶられながら、何時間もかけて読解していく「めんどくさい作業」です。
スマホの過剰な刺激によってドーパミンを放出することに慣れきった脳は、この「すぐに答えが出ない不快感」に耐えることができません。

私のブログも一記事が長く、目次だけ見て終わる人もたくさんいるかと思います(笑)
スマホ脳の人が『バカの壁』という本を読まないのは、偶然ではありません。
スマホによって脳の持久力が破壊され、本を開くこと自体が苦痛になっているからなのです。
「話せばわかる」の大嘘と、SNSの分断
話せばわかる、は大嘘 ― SNSがまさにそれ

養老先生は「話せばわかる、というのは大嘘である」と断言しました。
どれだけ言葉を尽くしても、相手の脳に「壁」があればメッセージは絶対に届かないからです。
この「話せばわかるの大嘘」が、最も醜い形で可視化されているのが現在のSNSです。
X(旧Twitter)などを開けば、毎日どこかで激しい論争が起きています。
政治、ジェンダー、働き方、あるいは芸能人のスキャンダル。
そこにあるのは建設的な議論ではなく、互いの「壁」の向こう側から石を投げ合うような、罵詈雑言の応酬です。
スマホ脳は、140文字の断片的な言葉だけで相手のすべてを「バカ」だと決めつけ、切り捨てます。
相手がなぜその主張に至ったのかという背景(コンテキスト)を想像する力を、スマホの即時性が奪ってしまうからですね。
互いが自らの「バカの壁」に引きこもり、自分の正義だけを補給し続ける。 SNSのタイムラインは、分断を増幅する装置へと成り下がっています。

「スマホ脳は息苦しくない」という不気味な現実
逆説に気づき驚愕
私はこれまで、「なぜ現代社会は息苦しいのか」を考えてきました。
しかし、12万文字を書き進めた今、一つの恐ろしい逆説に気がついたのです。
「スマホ脳の人たちは、そもそも息苦しさなんて感じてないのではないか」と。
「脳」はスマホ用に作られていない ― 脳をハッキング
人間の脳は、そもそもスマホの膨大な情報を処理できるようには作られていません。
15秒のショート動画をスクロールし続け、気付けば1時間が溶けている。
これが脳をハッキングされている現状です。
思考や共感を司る前頭葉が麻痺すると、他人の背景を想像できなくなります。
これは過去記事の黒澤映画の『長回し』が苦痛なのと同じです。
絶えずカット割りして、考える必要をなくしてしまったのが今のマンガやアニメです。
スマホ脳が放つ「だから何?」という冷笑は、クールなのではなく、脳のハッキングによる感情のバグに過ぎません。
脳が手軽な快感(ドーパミン)に依存するため、じっくり本を読む回路は完全に衰退するだけです。

急激に進んだ「身体性の喪失」
スマホが登場し15年余りですが、特にここ5年がコロナ渦も後押しして、人間の「身体性」の劣化は致命的になりました。
移動中も食事中も全員がスマホを見るようになり、人間の動きは「指先を動かすだけ」に極小化されました。
スマホを見ている時、人間の肉体はただの死体と同じように静止しています。
デジタル世界(脳)にとって、老いる・病気になるといった「コントロールできない生身の身体」は邪魔な存在です。
スマホ脳の人間は、リアルな感覚よりも画面上のデータや「いいね!」の数を信じるようになります。
その結果、思い通りにならない現実の人間関係や自然環境に対し、耐性のない脆弱な脳が完成してしまうのです。
「脳」は、たった数時間で自壊してバカになる危うい臓器

【現代社会は】
現代人はスマホやAI(情報化社会)を使って、脳をどんどん効率化・スマートにしようとしている。
【養老先生は逆説】
しかし脳の正体は、環境(自然や身体)からの雑多な入力がなくなると、たった数時間で自壊してバカになる極めて危うい臓器である。
【40年の大河へ接続】
だからこそ、脳だけで完結させようとする「都市化(唯脳論)」は危険だからと、1986年から養老先生が一貫して「自然(虫捕り)」や「身体」に接地しろと言い続けてきた理由がここにあるのです。
シリコンバレーの冷徹な二重基準
大衆にスマホを配り血族だけは守る

人類の脳の器は、20万年前の狩猟採集時代から変わっていません。
1日に何百回も通知が鳴る事態はそもそも処理不可能なのです。
この麻薬的な中毒性を誰よりも理解していたのは、他ならぬ開発者たちでした。
スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツが、自分の子供にはスマホやiPadの使用を厳しく制限していた事実は有名です。
大衆にはスマホを配って思考停止を促し、自分たちの血族の「身体性」だけは守るという冷徹な二重基準がここにあります。
身体感覚の麻痺がもたらす生存の危機
身体の声が聞こえない
身体性が消えると、真の意味で物事を「理解する」ことができなくなります。
脳がただの「データ受信機」と化し、自分で深く悩み、新しい意味を生産する本質的な知性はゼロになります。
さらに恐ろしいのは、画面に没頭するあまり、自分の身体が発する疲労や病気などのSOSをキャッチできなくなることです。
画面の中の計算された情報ばかりを処理している脳は、現実世界の予期せぬトラブルに対応できません。
五感が鈍りきっているため、災害や突発的な危険に直面したとき、スマホを持ったまま呆然と立ち尽くすだけの脆弱な生物に成り下がっているのです。
結言:快適な檻に飼われた「幸福な家畜」の末路
スマホ脳は檻の中でエサを貪る「幸福な家畜」

「このままでいいのだろうか」と焦りや息苦しさを感じる脳の生命力が残っているなら、それは脳が必死にアラートを出している状態ですが、そんな人は果たしているのでしょうか…
一方で、それを冷笑する人たちは、アラート機能すら完全に破壊されています。
野生の動物は檻に入れられれば暴れますが、生まれつき檻の中で育った家畜は、そこが安全で快適な場所だと盲信します。
AIのアルゴリズムに完全に飼育されていることにも気づかないのです。
養老先生がかつて警告したように、政府も企業も積極的に推し進めるデジタル化した社会は「脳が作った巨大な家畜小屋」であり、スマホ脳はその中でエサを貪る「幸福な家畜」にすぎません。
早死にというカウンター(因果応報)
ジョブズにカウンター
ジョブズが56歳という若さで逝去したのは、全人類の「身体性」を奪うシステムを完成させてしまったことへの、自然(身体)からの強烈なカウンターだったのではないかと私は視ています。
彼は西洋医学(脳の論理)を拒み、代替医療(身体的アプローチ)に固執したとも言われますが、結局、自らが加速させた「脳化の巨大な濁流」に、自身の生身の「身体」が食い尽くされてしまったようにも見えます。

この先私たちは、人間が頭でこねくり回した傲慢な「脳化のシステム」に対して、最終的にはコントロール不可能な「自然(身体)」の側から圧倒的なエラーが入って強制終了させられるのかも知れません。
無知の知の自覚
「バカの壁」を読んでみる
スマホが提供する快適な世界は、あなたを思考停止にさせるための「究極のバカの壁」です。
脱却への第一歩は、「自分は何も分かっていないのかもしれない」という無知の知、すなわち自分の中にある「壁」を自覚することです。

「自分の脳に騙されるな」(ブッダの教え)
たまにはスマホの通知を切り、画面を伏せてみてください。
そして、すぐに答えの出ない問い、自分とは全く違う価値観が詰まった一冊の本。
そう、1986年からずっと鳴らされ続けていた警告の書『バカの壁』を開いてみるのはいかがでしょうか。
スマホが一番嫌う「遅くて深い思考」を取り戻したとき、あなたの目の前にある世界は、画面の中よりもずっと広くて深いものであることに気づくはずです。
(次回は、「バカの本質」を書きたいと思います。)





