友人とは どんな時でも友である人

釈尊の教えは思想

㉑ 信頼は最高の知己であり

本当の友人、偽りの友人
(中村元/文庫本『ブッダの真理のことば』p331)

 事がおこったときに、友だちのあるのは楽しい。(大きかろうとも、小さかろうとも)、どんなことにでも満足するのは楽しい。
善いことをしておけば、命の終るときに楽しい。(悪いことをしなかったので)、あらゆる苦しみ(の報い)を除くことは楽しい。

友人をもつ意

友人の間では互いに与え合い、助け合う関係がなければならない。
(中村元/文庫本『ブッダの真理のことば』p204)

社会人として守るべき徳

 (1)施与(施し与えること(布施)

 (2)親しみあるやさしい言葉(愛語)

 (3)ひとのために尽くすこと(利行)

 (4)協同すること(同事)

 (5)欺かないこと。

立派な人は次の五つの仕方で友人・朋輩に奉仕すること。

 (1)かれが無気力なときに守ってくれ

 (2)無気力なときに、その財産を守ってくれ

 (3)恐れおののいているときに、庇護者となってくれ

 (4)逆境に陥ってもかれを捨てないし

 (5)かれの後の子孫をも尊重する

うその友人 似て非なる友人は敵であるから遠ざけること。

  • 品物を選ばず・・・なんでも取っていく友
  • 言葉だけの友・・・都合が悪くなると逃げる
  • 甘言を語る友・・・悪事に同意し、よいことに同意しない
  • 遊藩の仲間・・・酒類など、怠惰の原因にふける、町をぶらつく、祭礼、舞踏などに夢中になる、賭博など遊惰な事柄にふける、そういう時の友。

ほんとうの友

  • 助けてくれる人
  • 苦しい時にも楽しい時にも友である人
  • ためを思って話してくれる人
  • 同情してくれる人
(中村元/文庫本『ブッダのことば」p255)

子が母の胸にたよるように、その人にたよっても、他人のためにその間を裂かれることのない人こそ、友である。

【中村】「仏教における友情論は、このように自他の対立感を離れた不二の境地を実現すること(無我の理想)に由来するものである、ということができるのです。」

相手のことがわからない 養老孟司

 友人、知人の会話の中でも、あいつの言ってることがわからない、などはよくあるが、養老孟司先生が(PRESIDENT Online/ 2023/03/01)に寄稿しているので、その一部を抜粋し引用する。
あなたの理解力が足りないからではない…「他人のことがわからない」と悩む人への養老先生のアドバイス

ネコが苦手な人にネコを語っても伝わらない

 相手のことがわからないのは、なにもあなたの理解力が足りないからじゃありません。
たいていの場合、前提が違うからです。
前提が違う人にいくら言葉を投げても、相手に刺さるはずがない。

前提の違う話をされると、人は当惑します。
ネコが苦手な人に、ネコの面白さを延々と語ってもまったく伝わらない。
こんなに一生懸命話しているのに、なぜわかってくれないのか。

ネコに関する前提が根本的に違うんだから当たり前です。

意味のないものにどういう意味があるか

「理解する」とか「わかる」と言うと、みんな「意味」と結びつけて考えがちです。
相手が不可解なことを言うと、「これはどういう意味だろう」と勘ぐり出す。
そうやって人はみんな意味を求めるでしょう。
 ところが世の中を見れば、実は意味のないもののほうが大きな割合を占めています。
部屋の中に変な虫がいたら、それは人にとっては意味がない存在ですが、いるんだから仕方ない。
山には石がゴロゴロしています。意味などなくても、自然には石があります。

※次回はいよいよ社会の倫理、「五戒」を取りあげたい。